
その後ダイヤは、マリー・アントワネットに伝えられましたが、このルイ王朝は、フランス革命に巻き込まれて、自らの臣民によって斬首されました。その後30年ほど姿を消し、正体不明の男の手により、オランダの宝石商のもとに持ち込まれ再研磨され、67.5カラットあったダイヤは45.5カラットまで研磨されたといわれてます。ところがダイヤは正体不明の男の手に渡る事はなく、宝石商の息子が盗み出しました。そして宝石商親子は、罪を嘆き共に自殺を遂げてしまいました。「呪われし者」として知られたアブドゥル・ハミも、ホープ・ダイヤモンドを所有したと言われてます。息子に玉座を追われたハミは無一文の狂人として死にました。その後ブルーダイヤはロンドンにその姿を現します。入手経路は分かりませんが、実業家エリアソンが手に入れたのです。彼はダイヤを手に入れて数日後、落馬で死亡しました。そして、彼の遺品であるダイヤが1839年ロンドンのオークションに出展されました。
呪いの噂は誰もが知ってはいましたが、ダイヤの価値はもちろん、数々の伝説から誰もが手に入れたがりました。呪いのブルーダイヤを競り落としたのは、実業家のヘンリー・フィリップ・ホープでした。ホープ・ダイヤモンドの名は、彼に因んだものです。彼は、オークションでホープを手に入れたときが人生の絶頂期で、それからは坂道を転がるかのように多くの不幸に見舞われました。人々はそのホープの人生に注目しました。その期待に応えるかのようにホープは落ちぶれ、ダイヤを買った数年後に破産、ホープも死亡しました。だが一族はこのダイヤを手放さず、ホープ家は4代に渡ってダイヤを所有、そして一族は地に落ちました。そしてこのダイヤは、呪いのホープダイヤモンドと呼ばれるようになるのです。そして、ついに手離れたホープダイヤモンドをあのカルティエが購入しました。
1909年カルティエは、買ったばかりのホープ・ダイヤを新聞王、アメリカ人のエヴァリン・ウォルシュ・マクリーン婦人に売却します。ブルーダイヤはその呪いの威力を弱めることなく発揮しました。1918年、マックリーンの長男が交通事故死しました。さらに夫の浮気が原因で、評判だった夫婦仲に亀裂が走り、娘までも睡眠薬の飲み過ぎで変死しました。その数ヶ月後には、マックリーン夫人も肺炎で病死しました。
1949年マクリーン婦人の遺産の中からハリー・ウィンストンがホープ・ダイヤモンド買いました。これを、飛行機で運ぶとき、ニュースとなりました。ハリーの隣りに座っていた乗客が、ハリーとは知らずに、”この飛行機にハリーウィンストンが、あの有名な呪われたダイヤモンドもって、搭乗してるらしい…。飛行機が、墜落するかも…”と語ったそうです。ハリーは、宝石商としてホープに認められたといわれています。しかし、そのハリーは、10年間所有した後、スミソニアン博物館に寄贈しました。その後何も起こらないところを見ると、魔性の石はようやく安住の地を得たのかもしれません。
紺碧に輝く希望の石-ホープは、その所有者に災いをもたらしてきたダイヤとして知られます。身に付けると人間にマイナスの作用を及ぼす電気的痕跡が放出されていて、それを身につけた人はストレスや体力低下、いらだちなどで自分を見失い、病気、自殺など人生そのものがマイナスの方向に作用していったのではないかという仮説もあり、中には、社会的状況などが原因となった者もいるでしょうが、所有者たちがダイヤを身につけていたことを考えると、周囲の者の死もそのマイナスの作用の結果ではないかと考えられるのです。あの有名なマリリン・モンローも、主演映画の中で、本物のホープダイヤを身につけました。彼女の変死も周知の事実です。そして、真偽は未だわかりません。
ホープダイヤを所有した人が、不信感と、その美しさに魅入られて自分自身で人生を狂わしてしまったのかもしれませんが、人の人生を簡単に狂わすくらい美しい宝石を手にする機会を持てる人にしか、その気持ちはわからないのかもしれません。